その5でございます
いつもの教室、いつもの通学路。
親に怒られながら家を飛び出し、右腕につけた時計を見てうわっ遅刻だ、と慌てて駆け出すのが、いつもの日常。
…だったはずなのに、気が付けば俺は、いつのまにか戦いの中に身を投じていた。
サイレンの音が遠くで鳴り響く。
硝煙と、肉の焦げた臭いで鼻はとっくに麻痺してしまっている。
最初こそ、形容しがたい臭いに嘔吐したものの、それも胃液しかでなくなると、吐いても気持ち悪いだけだった。
「だ、大丈夫?」
「あぁ、それより、お前は?」
「あたしなら大丈夫。…それにしても、どうして突然、こんな、」
ぎゅ、と細くて白い腕に不釣合いの黒い鉄の塊が握られた。それは俺の手の中にもある。
「一体、どうなってるんだろうな?この国は憲法第九条があったんじゃなかったのかよっ?!」
「ふん、お前、そんなものにすがってたのか?」
「あぁ?いけないのかよ?」
「オメデタイヤツだな。そんなもの、とうの昔に破棄された。今の能無しどもが、だ。」
「ね、ねぇ、ケンカは良くないよ。今はあたし達しかいないんだし、ね?」
アイツが、ふんと鼻をならすヤツと俺の間に割って入った。
確かに今はケンカなんてしている場合じゃない。
俺は慣れない手つきで、手の中の鉄の塊にどれだけ弾が残っているかを確認した。アイツも白い手を油で黒くしながら俺の真似をするように確認している。そして、ヤツだ。
慣れた手つきでさっさと確認し終えた後、アイツのも手伝っている。
どうして、あんなに慣れているんだろう。
俺の思考はパン、と乾いた一つの銃声によって遮られた。
俺たちは身を低くして息を潜める。アイツの白い手が震えている。それをヤツがあやすように優しく握っていた。それを見て、俺はなぜか頭にカッと血が上った。
――くそっ、こんな時に気づくなんて…!
近づいてくる足音に息を潜めて成り行きを見守る。
規則正しいリズムでカッ、カッ、と歩くこの足音は友達や、家族や、知り合いなんてものではない。きちんと訓練を積んだ軍人が歩く足音だ。
「どうした?」
「な、なんでもない。」
アイツが声を潜めて聞いた。俺は直ぐに答える。そう、なんでもない。こんな状況で気づくなんて俺もとことんバカだ。俺は、アイツが…。
近づいていた足音が遠ざかっていく。どうやら気づかれずにすんだようで、俺たちは胸を撫で下ろした。
「他のみんなは、大丈夫かな…。」
「恐らくな。とにかく、少し移動しよう。食料も調達しないといけないし。せめて水は必要だ。」
「あ、あぁ。」
いつの間にかヤツがリーダーだ。俺は不満を抱えつつも、言っている事は正論なのでヤツの言葉に従った。
慎重に行動して、なんとか食料、水の確保が出来ると、俺は今日の寝床に身を投げ出した。
硬くて冷たいコンクリートの上で、眠れるだろうか…。俺はためしに瞳を閉じてみたが、どうにもムリだった。
そこへ、アイツの歌声が聞こえて来る。小さな、小さな歌声。耳を澄まさないと波の音に消えてしまいそうになるような儚い歌声だ。
「きぃよし、こぉのよるぅ、」
「そっか、今日はクリスマスイヴか、」
アイツの肩がピクリと震えた。
恐る恐る振り向き、俺の姿を確認すると、アイツはようやく肩の力を抜く。
「なんで、こうなったんだろうね。」
「本当にな…。なんでだろうな。」
「これは偶然ではない。必然だった。」
ヤツが現れて、アイツの隣、俺とは反対側に腰を下ろした。
「どういうこと?」
「言ったとおりだ…。」
「んだよ、そんな説明じゃ俺もコイツも理解できない。」
「何故、憲法が改正されたか。世界情勢も多少の関係を持つが、それよりも大きな原因は今日の襲撃の事だ。ボンクラどもは感づいていたのさ。いずれやってくる戦いの日々の事を。」
ヤツは一度言葉をとめ、小さく息を吐いた後、続けた。
「そして、それに対抗するための兵器を開発していたんだ。」
「は…?なんだよ、それ…。」
俺とアイツは今、開いた口がふさがらない状態だろう。
憲法九条が改正されていた事を知らなかったのは俺に非があるだろう。何しろ、ニュースなんて大ッ嫌いだ。新聞なんてもの、テレビ欄しかみない。
しかし、それ以前に、どうしてヤツはこんなにいろんな情報を知っている?
「俺が、ボンクラどもが考えたプロジェクトの一端を担っていたから、このような情報を持っている。そして、その兵器を扱えるのは、お前達だ。」
「何考えているんだ!突然言われて、はい、解りました。じゃすまないんだぞ?!それに、そんなもの、扱えるわけが無いだろう!?俺はただでさえ、この銃一つの扱いもやっとなのに…!」
「だが、お前達が扱わなければ、遠くない未来に、世界は滅ぶ。」
「…いや。そんなの、絶対嫌…!」
ずっと黙ったままのアイツがようやく口を開いた。目尻にうっすらと涙を溜めて、ヤツを見つめている。
「他のみんなは、無事、なのよね…?」
「あぁ。政府が作っていた防空壕に避難している。」
「その兵器って、銃が使えないあたしでも、本当に扱えるの?」
「サポートはする。お前は"適合者"なんだ…。俺が扱えるのであれば最初から、扱っている。」
「…解った、あたし、やるよ…。」
「お、おいっ、お前…っ!」
「だってね、世界が滅んでしまったら、クリスマスとか、お正月とか、他のイベント…ううん、イベントだけじゃない。全部だよ?人も、他の動物も、世界中から"生き物"が全部、なくなっちゃうんだよ?」
「そうだけど、そんなこと、」
「そんなことじゃないよ!あたしたちが戦わなかったら、誰が戦うの?誰かが守ってくれるの?!違うでしょ?!今、言われたじゃない。あたし達は"適合者"なんだよ?あたし達しか、守れる人がいないのなら…戦うしかないじゃない。あたしは、戦う。戦って、世界を、みんなを守るの。未来(あした)を、みんなの為に守るの。」
俺は目を見開いてアイツを見た。驚いているのは俺だけじゃなくて、ヤツもだった。そうだろうな、だって、おとなしいアイツがこんなにも熱いやつだったなんて。
「…お前がそういうのなら、俺も戦う。女のお前が戦って、男の俺が隠れているのはおかしいからな。」
「お前達、」
「で?お前は?俺たちだけに戦わせるつもりじゃないんだろ?」
「…あぁ、もちろんだ。俺も戦う。」
きまりだな、と俺は拳を作って空に突き上げた。
この世界は、俺たちが守る。
小さい頃、憧れていたサンタクロースの正体は親父だった事を知って子供ながらにショックを受けたこともあった。所詮、サンタクロースはいない。
防空壕で肩を震わせながら身を寄せ合う世界中の人たちの為に今度は俺がサンタクロースになろうと思う。銃を持ったサンタクロースなんて、俺たちが初めてだろう。俺は誓う、世界中の人に、"未来(あした)"をプレゼントするよ。
俺の、俺たちの、命に代えても。
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