その4でございます。
目の前に広がる光景を、あたしは一生忘れない。
掬い上げた砂は、指の合間を縫うようにさらさらと零れ落ちていく。
風に紛れて時々、血の臭いがした。
あたしは居た堪れなくなり逃げるようにその光景に背を向けたが、がしっ、と腕をつかまれ、それ以上動く事が出来なくなった。
「…っ、ちょっと!手を離しなさい!」
「逃げるな、目を背けるな。これが、俺たちがしてきたことのなれの果てだ。」
「そっ、そんなこと、解ってるわよ、アンタに言われるまでもなくね!」
「ならっ!…なら逃げるな…。」
あたしは腕をふってアイツの拘束から逃れた。
倒壊した家屋。立ち上がる黒い煙。これが、世界の果て。
込み上げて来る嘔吐感を必死に抑えて、あたしは目に焼き付けるように光景を見据えた。
ぎゅっと、握り締めた手が痛い。
ぽたりと地面に赤い雫が落ちた。
「…何のために俺たちは、戦ってきたんだろうな?」
「知らないわよ、」
「こんな風に、なるなんてな。」
「…」
あたしは黙ってアイツの語りを聞く。
誰がこの景色を想像しただろう。
がむしゃらに戦っていたあの時はただ、目前の生にしがみつきたくて、慣れない銃を必死に撃ち回していた。こんな、砂地に変わってしまう大地を求めて、ただ、戦っていた時には、想像なんてものは無縁だった。
一体、"あたし達"は何の為に戦っていたの?
祖先が母なる大地にいた頃と同じ生活を取り戻すため?偽りの自然を、本物にする為?雨の時間が決まっていなくて突然降り出す、そんな恵みを受ける為?
無造作に眺めていた景色の中で、あたしはアレを見つけた。
ピンクの妖精の家に沢山咲いていた。帰還するたびに家に呼ばれ、庭先でティータイムを楽しんだ事も多々ある。その時に見たあの花によく似ていた。ううん。あの花だ。
「ねぇ、ちょっと、アレ!」
アイツはあたしが指差す方向を見てあ、と声を漏らした。
「こんな、所に…。」
「ねぇ、きっと、大丈夫だよ。あたし達。」
アイツは何も言わずにアイスブルーの瞳を細めてあたしを見た。あたしは歪む視界を必死にクリアにしようと瞬きを繰り返す。
手入れの行き届いた庭でしか見たことがなかったから、あたしはその花が綺麗なところでしか育たないものだと思っていた。でも、今目の当たりにしているあの花は、こんな荒廃を始めようとしている台地に根付き、花をつけている。
「強く、生きていけるよ。あの花のように。」
あたしの瞳から一筋の光が流れた。アイツはそれを拭って、にこりと微笑んだ。
「あぁ、そうだな。」
アイツはあたしを引き寄せて、震える肩を抱いた。
あたしは涙を流しながら、あの花を見つめる。白くて、背の高い花。あれは。
ホワイトシンフォニー。あたし達の、希望、だ。
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