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2018年10月19日  20時36分
武士道
CATEGORY : [えり日記]
興味のある人はどぞw
A4レポート用紙1枚に収めないといけなかったので、武士道のなんたるかをだいぶ省略してますけどw







 武士道はかつて日本精神の精華と称えられた。しかし明治以降、徐々にその伝統は衰え、今日ではほとんど消え去ったかに見える。
 
 こうした現代において、日本には武士道の復活が必要だと私は考える。俳優で武道家としても名高い藤岡弘氏は、あるインタビューで若者に向けて次のように語った。
「今の日本人、とりわけ若者たちに何が欠けているのかと考えると、先人達が残してくれた偉大なる精神文化・武士道こそが欠けているのではないかと思います。『武士道』とは、己を自己管理するための精神的・肉体的修行です。自己を管理するためにはまず、自己派遣の旅に出る必要があります。それは自分の目の前にあるどんな些細な出来事にも一つひとつ真摯に取り組んで行く姿勢です。マニュアルなど存在しません。他力本願。そんな逃げ道も皆無です。やがてその修業は、自己分析の旅へと広がっていきます。己の足りないところ、弱いところが見えてきます。『武士道』は、己の心身を強化し、我慢を重ね、調和を図り、そして弱い者を守るための修行なのです。」
 
 そもそも、武士という階級が現れたのは平安時代後期、10~11世紀頃。12世紀末には源頼朝が鎌倉に幕府を開き、この時から約700年間武士が政権を担う時代が続いた。戦士の階級が国を治めるという歴史は、シナや朝鮮には見られない日本国独特である。それ故、武士が作り上げた生き方や価値観は、日本独自の思想と言える。つまり、それが武士道である。
 
 ところで、武士道とは一体何であろうか。調べてみると、封建社会の日本における武士階級の倫理及び基準価値の根本をなす体系化された思想一般を指す、とされている。『武士道』と聞き、私達が想像するのは「狡猾な手段は使わず、正々堂々としている」「約束は守る」などだろう。こういった項目が存在しなければ、嘘が飛び交い、不正が蔓延り、平穏な秩序ある社会など築けない。これを武士道では「義」の精神を指す。「義」とは不正や卑劣を自ら禁じ、死をも恐れない正義を遂行する精神のことである。人間が社会的動物として生きる上での普遍的な根本原理であるのに、どうして守る事が難しいのであろうか。
 
 それは、戦後のアメリカによる日本改革の影響が大きいのではないかと考える。太平洋戦争に敗戦した日本は、連合国によって軍事的に武装解除され、更にGHQの占領政策によって精神的にも武装解除がされた。GHQは武士道に関する書籍や映画等を禁じ、西郷隆盛に関する本すら出版できなかった。国民には国防の義務がなくなり、国防の意識すら奪われた。こうして占領期から本格的に武士道の精神が失われ出し、戦後の憲法と教育の下でますます失われてきたのではないか、と私は考える。その結果、日本や日本的なものを守るという意識が低下し、日本人は自国の領土を侵されても鈍感になり、自国の文化を奪われても抗議すらできないような、無抵抗・無気力の状態になり下がっているのではないだろうか。その状態が改善されず現在に到った為、現代日本人の心は荒んでいるように感じる。毎日毎日、悲しいニュースが報道され、その類の事件を聞かない日はない。
 
 以上から、私は日本の武士道は人類の普遍的価値になりうるものだと信じている。それ故、武士道精神の復活は日本に必要であり、また日本だけではなく、世界の為にも必要だと考える。日本は、日本の魂を具現した精神的武装が必要であり、軍国主義に結びつきかねない忠義を取り除いたうえで武士道を復活すべき。これなくしては日本の真の復活とは言えないだろう。また、世界は、政治、経済、社会と全面的に荒廃が進んでいる。人も国も金銭崇拝に走り利益得失しか考えていない。ここで各々が武士道を復活させ、立派な社会を作れば国際貢献になるだろう。戦後忘れかけられてきた武士道を蘇らせれば、世界史的な意義を持つと思われる。

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2009年02月02日  23時39分
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